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牧師のこーひーぶれいく

母は正しかった
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     私は、小学1年生の時に母から「あなたはオッチョコチョイだから。」と言われました。それは、ある朝のことでした。いつものように朝早く、庭の片隅に父が作った粗末な鶏小屋に入って、タマゴがあるか確かめた時のことです。そのニワトリは、養鶏業者の方が、もうタマゴを産まなくなったから、と私たち子どもの遊び相手としてくださったものでした。ですから、必ずしも毎朝タマゴを産んでいるわけではなかったのです。

     

     その朝は、タマゴが一個スミにありました。私はタマゴを両手でソッと持って大喜びで、庭に面した縁側にジャンプしました。ところが、いつもならラクラクジャンプできるのに、タマゴを両手で持っていたせいで、その時は高さが足りずに転んでしまいました。手に持っていた大切なタマゴは、縁側に落ちて割れてしまいました。足の痛みどころではなく、割れたタマゴを見つめていた私に母が言いました。「あなたはオッチョコチョイだから。」

     

     先日、床屋に行きました。早くて安い床屋です。もう二、三年通っていて顔見知りになっています。その日も、いつもの従業員の方が、私の顔を見て親しげに「どうぞ」と椅子に案内してくれました。シャイな感じの従業員で、面と向かって目を見て話すことはなく、斜め45度くらいで話しかけてきました。椅子に座ろうとすると、私のリクエストを良く知っているというような話し方でモゴモゴと早口で何かを言って、タオルを首に巻き始めました。

     

     私はいつものように「はい、お願いします。」と言って目を閉じて任せました。ところが、ハサミが進むにつれて、どうも私のリクエストした長さよりもずっと短く刈られているように感じて、目をソッと開けて見てみました。案の定、すっかり短くされていました。仕方なく、その後も為されるがままにしました。私のリクエストを分かってもらっていると思った私が「オッチョコチョイ」だったのです。母は正しかったのです。(その母は、いま会う度に「あなたが献身してビックリしちゃった。」と言います。こんな私で良いのでしょうか、と神様にあわれみを求めています。)

    | - | 19:52 | comments(0) | - | - | - |
    一大決心
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       今日は、強烈な雨風が吹き荒れる中での聖日でした。余りの風の強さに、教会のブドウ棚が崩れてしまうほどでした。このブドウは、約10年前に植えられましたが、何度か瀕死の状態に陥りました。昨年も、ブドウ虫の集中攻撃を受けて、絶体絶命のように思えました。今年の春先には、全く枯れてしまったように見えましたが、ナント細い枝は全滅だったのに、太い幹から新芽が出て、今は葉が茂っています。そのブドウ棚が倒れてしまったのです。

       

       そんな強風の中でしたが、いつものように遠くからも多くの方々が励んでくださり感謝しました。今日の午後は、いつもの「聖書と賛美の集い(伝道会)」の時間に「Q&A」が持たれました。今年で三回目です。日頃から心の中に秘めているような疑問や分からないと悩んでいるようなことを、何でも質問してみるという趣旨の集会です。どんな質問が出るか分からないので、私にとってはドキドキの集会です。

       

       今年は、思いがけなく子どもからのかわいい質問もありました。礼拝の最後の祝祷で、私が片手を挙げているポーズについて、どうしてそのような手の形(パーのように手を広げるのではなく、指を閉じている)をするのか、という質問もありました。そう言えば、私もこれまで一度もこうするように、その意味は、などと教えられたことはありません。ソーッと目を開けて先輩牧師の祝祷のポーズを見てマネしているのです。今度、もっと深く考えなければならないと思いました。

       

       そんな質問も含めて、10個ほどの質問を受けました。まるで口頭試問を受けているような1時間半でしたが、楽しく充実した時間を過ごしました。ただ、終わった時には、いつもの集会以上に疲れを覚えました。その疲れの中で、以前よりも気力体力が衰えていることを痛感しました。でも、体重だけは「微増」です。体重増が体力強化につながっていないのです。それで「一大決心」をしました。これからは本気で体重を絞り、体力の維持に努めよう、と。

      | - | 20:34 | comments(0) | - | - | - |
      この声が・・・
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         今年のペンテコステの聖日を越えることが出来ました。最初に御霊が注がれたときの「現象」に目が奪われがちですが、それ以上に、御霊が与えられた者の心に為される御霊の御業に心を向けたく願ってみことばをご紹介しました。いつものことですが、自分の語る言葉が主の御心をお伝えするには何とも足りなかったことを申し訳なく思いつつ、その欠けを御霊が補ってくださって、兄姉方の心が恵みで満たされるように祈っています。

         

         今日は、礼拝に続いて、短い役員会を開催しました。ここまでの教会の歩みを感謝と共に回顧し、後半に向けていくつかの検討課題を協議しました。いつものことながら、牧師の心にあるものを率直に語り、その重荷を共に担ってくださる役員の兄姉方の率直で建徳的な意見に教えられ、感謝しました。そして、続いて午後の「聖書と賛美の集い」がありました。言ってみれば、ギュッと詰まった充実したペンテコステの聖日でした。

         

         午後の「聖書と賛美の集い」では、司会者が集会の前半をリードしてくださいます。今日も、司会者が選んでくださった賛美を歌い、祈りを捧げ、そして証の時間(救いの証だけでなく、恵みの体験談や祈りの課題=近況報告)がありました。それぞれに真実な証をしてくださいました。今週に手術を控えた方は、そこに至るまでの不安や葛藤を真実にお話しくださいました。聞かせて頂いた私たちは、心を合わせて速やかな回復をお祈りしました。

         

         また、別の方も真実な証をしてくださいました。その中で、説教を聞きながら眠さと戦うことがある、という話をしてくださいました。そうです。私の声は、眠気を誘う声なのです。孫たちは私の子守歌でぐっすり寝ました。どうも「ナントカ波」が出ているようです。ですから、私はいつも教会員の方には、「どうぞ気兼ねなくお休みください。但し、風邪を引かないように。」と言っています。自分のこんな声に、説教者としては複雑な思いです。

        | - | 21:03 | comments(0) | - | - | - |
        ゴールド消失
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           十日ほど前のこと、車で15分ほどの所にある母が入所している施設に行ったときのことです。まだ5月の半ばと言うのに、真夏並みの暑さとなって、自分ももちろんですが101歳の母の健康は大丈夫かと案じながら会いに行きました。ほぼ週に二回は会いに行って、その日の健康度をチェックしているつもりです。その日も、行く途中でケーキ屋に寄って、母が大好きなイチゴショートケーキを買って持っていきました。

           

           急に暑くなったので、私自身は前日の不眠と併せて少しグッタリ気味でした。そんな時に、母にケーキをもっていくのはどんなものかと気が引けながら部屋に入っていきました。でも、いつものように喜んでケーキを食べてくれました。おきまりの言葉「昔はこんなにオイシイものはなかったわ。」「献身したのに、こんな贅沢をして。」を何度も言いながらフォークでケーキを口に運びました。ただ、最後の一口くらいが、少しフォークの運びが遅かったように感じました。

           

           そして、いつものように昔の思い出を楽しく話しながら「感謝」を連呼していました。若いときから病弱だった母は、周りの人たちから長生きはしないと言われていたそうですが、それが101歳になってもケーキを美味しくいただけるのですから、まさに「感謝」です。しばらく話してから、「また来るね。」と言って部屋を後にしました。いつまでケーキを楽しんでくれるか、今度はケーキではなく果物が良いか、などと考えながら帰路につきました。

           

           いつも右に曲がる道が混んでいたので、もうしばらく直進をして次で右折することにしました。母のことを考えながら田舎道を走っていましたが、突然、警官が飛び出してピッピッと止められました。スピード違反だったのです。最初に頭にひらめいたのは「これでゴールドではなくなる。」でした。これからは、初心に返って若葉マーク並に慎重な運転を心がけようと思います、と言いながら、家内に反則金の支払いをお願いしました。

          | - | 11:08 | comments(0) | - | - | - |
          ミスプリ
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             異常な高温が日本全国を包み込んだ5月最終聖日を越えることが出来てホッとしています。10連休で始まった今月は、信仰者として複雑な思いというよりも、日本社会の進む方向に対する警戒を覚えて過ごしました。そんな社会全体の浮かれた雰囲気に抵抗して、ひたすら「いつも通り」に過ごそうと心がけましたが、今月の後半は、教会員の中に健康的な戦いを覚える方が多くおられて、お見舞いや訪問など何かといつもとは違う日々となりました。

             

             特に先週は、自分の新潟の大学病院検診も含めて何回か病院に行きました。病人の方へのお見舞いは、いつでも牧師としての大切な奉仕として緊張します。病人の方にとって主を近く感じられる慰めの時となるようにと、格別な主の助けを祈りつつお見舞いをさせていただきます。でも、牧師としての私を受け止めてくださり、共に祈りを捧げるときは、私自身の方が大きな慰めと励ましをいただく恵みの時なり牧師としての特権を実感します。

             

             そして金曜日、午前の検診結果に安堵しながら帰宅し、運転の疲れを癒やそうと少し休んでいたとき「ハッ。今度の聖日は、第四聖日だ。」と気が付きました。つまり、いつもの聖日の準備だけでなく、来月の集会プラン表も作成しなければならないのです。休んでいる場合ではない、と跳ね起きてデスクに向かいました。週報と祈り会メッセージのダイジェスト、そして不定期発行の「からしだね」などは前もって準備していましたが、集会プラン表は手を付けていませんでした。

             

             デスクに向かい続けて何とか夕方までに作成することが出来ました。週報ラックに差し込んでくれるように家内に手渡してホッとし、私は説教のまとめに取りかかりました。しばらくすると、家内がやって来て、文書にミスプリがあると教えてくれました。「またか。」と申し訳なく思いながら、どうしようかと考えていると、家内が手直ししてくれると申し出てくれました。約90枚の文書を、ペンで手直ししてくれる家内に心から感謝しました。

            | - | 21:33 | comments(0) | - | - | - |