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牧師のこーひーぶれいく

冷や汗
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     今年の夏は、気象庁が「危険な暑さ」と警鐘を鳴らすほどのヒドイ暑さでした。予報で、明日の最高気温が33度などと見ると、あっ明日は少し暑さがラクかも、と思うほどの連日の暑さでした。そのような中でも兄姉方は真実に励んでくださり、その真実な信仰に心から敬服しました。酷暑にも負けずに励む真実な教会員の方々には申し訳なく思いましたが、8月の集会の数はグッと数を減らしました。

     

     一つには各集会に励む方々の年齢構成を考慮したからです。各集会を暑かろうが寒かろうが休まずに励む方々の多くは、70歳以上です。その年代の方々は実にハツラツとしてお元気です。夏の暑さが厳しいですから集会をお休みにしましょう、と提案するのが申し訳ないほどです。もう一つの理由としては、私の健康状態です。元気ですが今年はことさらに暑さが身体に堪えました。講壇で、何度も文字通り汗が噴き出しました。

     

     兄姉方のご理解で集会の数を減らしたことで、弱さを覚えていた私も何とか夏の厳しい暑さの中を守られて8月の半ばを過ぎることが出来ました。ホッとしていよいよ秋に向かって頑張ろうと思っていた数日前、またしてもイヤな夢を見ました。夢ですからつじつまが合わないことは当然ですが、妙にリアルな部分もありました。ある大きな集まりで、多彩なプログラムが組み込まれた集会の説教のご奉仕が任されました。

     

     説教が終わり頃に一つのプログラムが予定されていました。私は説教を中断してそのプログラムを進めました。ところが、そのプログラムが始まると聴衆が席を立って飲み物やお菓子の所に集まりました。しかも、そのお菓子や飲み物のテーブルに私の説教原稿が紛れ込んで、説教を閉じようとしている私は焦って原稿を探している・・・という所で冷や汗をかきながら目が覚めました。やっぱり自分は説教者には向いていない、と自覚させられた夢でした。

     

     

     

    | - | 18:35 | comments(0) | - | - | - |
    アイスクリーム
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       今日の礼拝では、ヘブル書12章の「イエスから目を離さないでいなさい」という聖句に心を留めました。信仰生活で陥りやすい疲れや失望の中にいる者たちへの励ましの聖句です。クリスチャンと言うと、いつもニコニコと明るいイメージがあります(そうでなければならないと思い込んでいる向きもあります)が、現実には様々な課題や困難(それもクリスチャンだからこそ悩む問題)の中を通って、もがき苦闘していることも多くあります。

       

       しかし、聖書は、そのような苦悩を味わっている者たちに、あなたの信仰がダメだからもっとガンバレ、というような叱咤激励ではなく、むしろ慰めに満ちた励ましが多く記されています。今日の聖句も、そのような意味が込められていると味わいました。もし、信仰者とは、全てが思い通りに行き順調な日々をスキップしながら過ごしている者でなければならないとしたら、それは恵みの福音ではないと思います。

       

       先日、夕食が終わってから、少し散歩をしようと思い立ちました。ただ歩くのも味気ないと思い、歩いて20分弱の孫たちの家まで歩くことにしました。往復は自信が無かったのですが、出かけるとき、家内は所用があるから迎えにいけないと言われましたが、イザとなれば娘に送ってもらえば良いと気楽に出かけました。我が家から歩いて数分の所にコンビニがあります。せっかく孫たちの顔を見に行くのならお土産を持っていこうとコンビニでアイスクリームを買いました。

       

       アイスを手にして孫たちの家に着きました。すると暗いではありませんか。留守だったのです。アイスが溶ける、家内は迎えに来られない、とあせりました。仕方なく、必死に家まで歩いて帰りました。結果としては、アイスのおかげで良いウォーキングが出来ました。私たちの信仰生活で疲れた時には、手にしたアイスの叱咤激励ではなく、私のために十字架にかかってくださったイエス様と、そこに現された神様の愛に心を励まされて、あせることなくゆっくりと歩を進めていきたいと思います。

       

      | - | 21:40 | comments(0) | - | - | - |
      これからも杖にすがって
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         今日も「危険な暑さ」の中、8月第一聖日を守ることが出来ました。朝早くは少し過ごしやすさを感じましたが、礼拝開始時には厳しい暑さとなっていました。そのような中でも、兄姉方が励んでくださり、共に神様の前に「頭を垂れる」時を持つ事ができました。礼拝に続いての、各例会別のグループ集会では、それぞれの部屋から笑い声が上がり、和やかな雰囲気に慰められました。午後には、暑さの中でしたが、読書会のチラシを地域の公立図書館に配布するご奉仕も頂き、感謝しました。

         

         私自身は、今日も、この40年間ずっと変わらない「冷や汗」をかきながらの講壇のご奉仕でした。「40年」と言えば、ラーメン屋さんで言えば「老舗」と言われるほどの年数です。もっとも、同じ老舗でも、40年間少しも変わらない味を提供するお店もあれば、常に良い味を追求して、昨日よりも今日、今日よりも明日、と向上を目指しているお店もあるようです。私の説教は、いつも向上を目指している、と言えば格好が良いですが、逆に言えば「毎回ダメ出し」です。

         

         そんな私は、創世記のヤコブに親近感を抱いています。頑固で自己中心、陰湿な策略家などと言われるヤコブです。私が親近感を覚えるのは、そんなイヤ味な部分ではありません。もちろん、私もそう言われても仕方のない人間ですが。私が親近感を抱くのは、「杖にすがって歩くヤコブ」の姿です。神様と格闘をしても屈しないガンコ者のヤコブでしたが、力の要であったもものつがい打たれ、神様にさえ抵抗していた力を失い、ただ神様の祝福を求めたのです。

         

         その後「杖にすがって」歩くヤコブの姿は、人からどう見えたとしてもヤコブ自身にとっては、神様の祝福に与った証でした。少し強引かも知れませんが、講壇に立って説教の奉仕をする私は、毎回「杖にすがって」いるヤコブのような姿と思います。ただ、人にどう見えたとしても(そして、だれよりも自分自身がダメ出しをしたとしても)、私が奉仕させて頂いていることは、神様の破格な恵みをいただいている証です。もちろん、それと共に、兄姉方の忍耐と寛容があることも感謝です。

        | - | 19:36 | comments(0) | - | - | - |
        すぐに結果が出なくても
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           7月の最終聖日は記憶に残る礼拝でした。今日が長岡教会として、昨年に続いて第二回目の「青年部主催礼拝」だったことも、その一つの理由です。礼拝ではありましたが、青年部の証もありました。これから人生の様々な困難や試練に直面するであろう青年クリスチャンが、聖書の御言葉に心励まされ希望を持っているとの証に、大いに励まされました。また、礼拝メッセージも青年たちの要望?を受けて、大きな挫折を経験した聖書人物に心を留めました。

           

           感謝と共に礼拝を終えた時、教会員の方がスマホで調べて「今、戸外は気温が38度だそうです。」と教えてくださいました。予報では37度と言われていましたので覚悟はしていましたが、予報を越えた高温で、皆様方の帰りが心配になりました。きっと駐車場の車は、さわるとやけどするほど熱くなっているはずですから。玄関が開く度に、今まで経験したことのない熱風が吹き込んできました。結果として、今日の最高気温は39.4度とのことでした。

           

           礼拝後、私と同年代の方としばらく話をしました。その方は、数年前に大きな健康的な課題を経験しましたが、今はお元気で仕事に励んでおられます。そして、いつも私の健康を案じて声を掛けてくださいます。同年代と言うことで、抱えている課題は似ています。その第一は、これからの健康問題です。今はお互いに支えられていますが、10年後15年後・・・を考えたとき、出来るだけ今の健康を維持するために何か手を打たなければならないはずです。

           

           それで、遅ればせながら、先週頃からウォーキングを再開しました。もちろん、わずか数日間では目立った効果(体重減も含めて)はまだ何も出ていません。でも、自分に言い聞かせています。これから10年後を見据えて今苦闘しているのだ、と。伝道者としても、残された奉仕の期間は決して多くはありません。その期間を精一杯奉仕するためには、もっともっと真剣に苦闘しなけれぱ、と思います。特に、説教の準備に今まで以上に苦闘しようと自分を励ましています。例え、すぐに結果が出なくても。

          | - | 21:09 | comments(0) | - | - | - |
          ヨーグルト
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             聖書には、とても魅力的で模範としたい人物が多く記されています。先日、教会の青年たちと話をしたとき、彼らが興味や魅力を感じる聖書人物を何人か上げてくれました。その聖書人物たちに彼らが魅力を感じる理由を尋ねると、それは失敗や挫折を経験したから、と答えてくれました。順調に成功した人よりも、失敗を経験した人の方が親近感を感じるし、学ぶことが多いという彼らの考えを知って、青年たちに対する尊敬の念を覚えました。自分が彼らの年代の時には、そんなことは少しも感じていなかったからです。

             

             私も、聖書人物の中で、その信仰と生き方に魅力を感じて、模範として学びたいと思う人が何人かいます。その多くは、青年たちが挙げてくれた失敗を経験した人物たちと重なりますが、重ならない人物もいます。その一人が、バプテスマのヨハネです。マタイ11章には、イエス様がバプテスマのヨハネに対して、「女から生まれた者の中で、バプテスマのヨハネより偉大な者は現れませんでした。」と最高級の賛辞を贈っています。

             

             でも、私が彼を模範として見倣いたいと思っているのは、決してその賛辞のせいではありません。自分の信仰を顧みると、とてもイエス様からそんな賛辞を期待できるような者でないことは重々分かっています。私が彼に親近感を抱くのは、彼が他の預言者や使徒たちと違って、人々が驚嘆するような偉大な奇跡を何一つ行わなかったという点です。言ってみれは、実に地味な信仰生活であり、地道な奉仕だったという点です。

             

             伝道者として奉仕をさせて頂いて、もうすぐ40年になります。神学生時代には、それなりに(?)夢を抱いていましたが、現実の伝道者生涯は、ただただ反省と後悔のみの地味なものでした。だから、年齢と共にバプテスマのヨハネに親しみを感じるのかも知れません。ただ、彼の食生活はマネできません。先日も、朝食でヨーグルトを食べている家内にもう少し離れてくれないかとお願いしました。何が苦手と言って、私はヨーグルトほど嫌いなものはないからです。

            | - | 20:46 | comments(0) | - | - | - |