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牧師のこーひーぶれいく

もう一つの凱旋帰国
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     ピョンチャンオリンピックが開催されています。個人的にはあまり関心を持っていません。アマチュアスポーツと言うには、あまりにも複雑な要素が含まれていて、ただ観戦するだけで何か自分が思ってもいない動きに荷担させられているように感じるからです。それでも競技の様子は毎日のように目に飛び込んできます。そして、私にとっては未知の競技でも、選手たちが活躍している様子には単純に声援を送っています。

     

     どの国でもそうなのかは分かりませんが、日本は「メダル」の数に必要以上に固執している感じがします。うわさによると、メダルを取った選手と、惜しくもメダルを逃した(4位でも)選手とは、その後の扱いが全く違うようです。帰りの飛行機のクラスさえ違うとか。私には全く理解できないことです。特に金メダルを首にかけて帰国する選手に対しては、まさに「凱旋帰国」という形容がふさわしい歓待振りです。

     

     今日、私たちの教会では、礼拝に引き続いて午後から告別式が執り行われました。真実な信仰生活を励んで生涯を全うした一人のご婦人の葬儀でした。昨日の土曜日は猛吹雪が吹き荒れていて、参列の方々の交通が案じられていました。今日も時折は吹雪くこともありましたが、青空ものぞいて、多くの方々が参列してくださいました。特に、その方が自宅を開放して長年開催していた土曜学校の生徒さん方(もう、立派な社会人)も参列してくださり、ご遺族と共に感動しました。

     

     告別式の後、ご遺族と歓談の時を持つ機会が与えられました。その冒頭、私はお祈りを指名されました。その時、ご遺族の方々のお顔を拝見しながら、私の心には、このご婦人が地上生涯を走り終えて「凱旋帰国」されたという思いがこみ上げてきました。ご遺族にとっても、また私たちの教会にとっても大切な存在を天に送った喪失感はぬぐいがたいものですが、天の御国では「よくやった」という主の歓迎の言葉がかけられたことでしょう。

    | - | 21:03 | comments(0) | - | - | - |
    生きているだけで
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       先週は連日のように厳しい寒さと大雪に苦闘しました。教会から国道(バス路線)まで約100メートルの区間は、私たちが除雪をします。市道なのですが、6メートル弱の幅のため市の除雪対象区間から除外されているようですし、その道路に面している自動車整備工場も、自分たちの出入り口は別にあるので除雪の必要はありません。それで、必然的に私たちが全面的に除雪をしなければなりません。毎日のように悪戦苦闘しました。

       

       夕方に除雪して通れるようにしておくのに、朝になると30〜50僂眄磴積もって、またしても通行不能になってしまいます。20冂度なら自動車で突っ切ることが出来ますが、30僂魃曚┐襪肇好織奪のキケンがあります。ほぼ毎日のように除雪作業に追われて、心身共にグッタリ疲れています。もちろん、集会に来られる兄姉方も朝に晩にそれぞれの自宅や道路の除雪に苦闘しているわけです。そのような中でも多くの兄姉方が励んでくださり感謝しました。

       

       礼拝の後、報告の中で、先日お母様を天にお送りした方にご挨拶をしていただいている時、会衆席から家内へ何かの伝言があり、その後で家内からメモが回ってきました。一人の方が皆様に話したいことがあるとのことでした。ご葬儀の挨拶が終わった後、その方にお話をしていただきました。すると、先日、交通事故に遭って車は全損したとの話しでした。今は全ての道路が高い雪壁に囲まれて、交差点はどこも見通しがきかない状況です。

       

       そのような中で、交差点に差し掛かった所、右から車が飛び出してきて運転席のほんの少し前にぶつかったそうです。後で写真を見せて頂きましたが、まさに運転席の30僂曚描阿砲屬弔ったのです。もし、1秒の何分の一でも遅かったら運転席にまともにぶつかって、命がなかったかも知れないと思われました。その方は、涙ながらに、命があって生きているだけでも不思議で感謝と神様に感謝していました。確かに、生きているだけで神様に守られ支えられていると感謝すべきと強く教えられました。

      | - | 17:25 | comments(0) | - | - | - |
      インフルエンザ
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         この所の厳しい寒波で積雪が多くなり、また道路の凍結などで案じられる中、今日の礼拝にも多くの方々が遠くからも出席しくださいました。ある方は、とにかく車で家を出て、途中でどうしても行けないと分かったら引き返そうと覚悟していたが何とか来ることが出来た、と仰っていました。頭が下がります。ただ、学校などでインフルエンザが流行しているようで、子どもたちとそのご両親方は出席を自重したようです。

         

         我が家の孫たちもインフルエンザで欠席でした。上の孫は、学級閉鎖になって喜んだトタンに自分がインフルエンザになってしまいました。妹の方も、姉からもらってインフルエンザです。姉の方はそれでもクスリを飲む(飲まされる)のですが、妹の方は徹底的に抵抗するらしく、母親が困っていました。薬を飲ませようとすると寝たふりをし、体温を測ろうとするとバンザイをして体温計を脇の下に挟ませないとか。

         

         インフルエンザに悩まされている娘夫婦に聞くと、孫も娘夫婦も誰一人として予防注射を打っていないとのことでした。そう言えば、家内もインフルエンザの予防注射は打たないことにしてあると言って、私の勧めを頑なに拒絶し、結局今年も打っていません。つまり、我が家で予防注射を打ったのは、今年も私一人ということになります。私は、毎年打つことを心がけています。それは、牧師としての自覚と責任感の証だと、家内にチョット自慢をしました。

         

         それは、牧師としての立場上、病人をお見舞いすることもあり、何よりも、急に礼拝の講壇を補ってくださる方が見つからないと思うからです。今日の礼拝前に、役員の一人と、孫娘のインフルエンザとバンザイの話しをしながら、もし私が倒れたら、講壇の奉仕を替わってくださいとお願いしました。すると、その方は「そうなったら私もバンザイをして寝たふりをします。」と笑いながら応えていました。見事な返しで、ザブトン一枚をさし上げたくなりました。

        | - | 20:19 | comments(0) | - | - | - |
        ハーモニー
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           今日は、教会総会礼拝でした。この一週間、まるで極寒の地のようにホワイトアウトや道路凍結など、厳しい寒風吹きすさぶ日々で、開催すら危ぶまれました。でも、ようやく昨日から一段落して、今日は雪が降らずに教会総会を開催することが出来ました。それでも礼拝直前まで、遠くの方々などから道路の凍結などで欠席届の方もありました。でも、無理をしないで自重してくださったことをホッとして出席できた者たちだけで開催しました。

           

           今年の私たちの教会の信仰指針は「ハーモニー」です。様々な違いがある私たちが神様によって集められたのは、それぞれの違いを生かしてハーモニーを作ること、と受け止めたいと思います。実は、私は「ハーモニー」が大の苦手です。その言い訳として、音が外れる母の子守歌で育ってきたことがあります。もっとも、同じ母の子守歌で育った姉は、歌が大好きで、ハーモニーは得意のようですから、私の音痴の原因は別にあるようです。

           

           ハーモニーが苦手と言えば、私が大学生時代を過ごしたO教会もたいしたものでした。それは駅近くの小さな教会でした。ある伝道会の時、司会のナガミさんが賛美の途中で、講壇からオルガニスト(還暦を超えてから練習した私の祖母)に言葉をかけました。「奥さんのオルガンは音が違うようですから、弾かなくても結構です。」そのエピソードは、勝間田家の笑い話として、何度も何度も語られていました。

           

           さすがに私はそこまでは行かないとは思いますが、それでも私も結構な音痴ですのでハーモニーが苦手です。ですから、私がハーモニーと言っても説得力はありませんが、今年は教会として「ハーモニー」を目指したいと思います。私たちの間の様々な違いを認めつつ、違いを行かしていきたいと思います。教会のみならず、個人としても、自分の良いところだけを見るのではなく、欠点や失敗も認めて、調和(ハーモニー)のとれた信仰者を目指したいと思います。

          | - | 17:03 | comments(0) | - | - | - |
          老いは目から来る?
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             昨日が私の69歳の誕生日でした。自分が69歳となったということも不思議な感じ(感動?)ですが、それ以上に、これからの一日一日が70歳に近づいていくということに感動を覚えています。身体のアチコチに昔とは違うそれなりの不具合を感じてはいますが、少なくとも気持ちだけは年齢を感じさせない若々しさを保っているのでは、と自負しています。若い方からは、そう言っていることが老いの証拠と言われるかも知れませんが。

             

             老いは目から来ると言われます。69歳になる前日、眼科の定期検診でしたので目医者さんに行ってきました。10数年前から緑内障で視野が狭くはなっていますが、適切な治療のおかげで眼圧は落ち着いていると言われてホッとしました。ただ、白内障が始まっていると言われました。家族には「緑と白で薄緑」などと冗談を言いましたが、この所の目の不調の原因を指摘されたようで、内心ショックを受けました。

             

             昨年のいつでしたが、家内が本を読もうとして老眼鏡をかけたのにぼやけて良く見えないと思ったら、すでに掛けていた老眼鏡にもう一つ老眼鏡を掛けて、二重に老眼鏡を掛けたのでそのせいでぼやけて見えなかったと大笑いしたことがありました。これまでずっと視力が良かった家内は、年齢と共に手元が見えなくなって今では苦労しています。それで部屋のアチコチに老眼鏡を配置していますが、それがアダになったようです。やはり老いは目から来る?ようです。

             

             先日、私は朝の洗顔の時、ボヤーッとしながら洗面所に行き、手に石けんを塗って思いっきり洗顔したところ、メガネが眉間に食い込みました。まるで笑い話のようですが、メガネを掛けたまま洗顔をしてしまったのです。自分の老いを実感した瞬間でした。私も、老いは目から来た?ようです。実際は、目よりもう少し奥深いところが問題なのかも知れません。でも、そのような老いのサインを見逃さず、自分の年齢を自覚して70歳の大台に向かって行こうと思います。

             

             

            | - | 20:49 | comments(0) | - | - | - |