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牧師のこーひーぶれいく

ポスターの効果
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     昨年の12月に開催されたチャペルコンサートで、とても心励まされるアンケートの回答がありました。私たちの教会で、主にユーオーディア(クリスチャン音楽家のグループ)から来演者をお迎えして、本格的なクラッシック音楽を中心としたチャペルコンサートを開催するようになって昨年で11年目でした。その目的の一つは、教会が地域の方々に開かれた場所であるように、そのためにはまず私たちが地域の方々に貢献しようという思いからでした。

     

     地方では、一般の方々にとって、教会はまだまだ敷居が高い場所であったり、或いはどんな人が集まっているのか分からない「得体の知れない場所?」という印象ではないかと思います。その垣根を何とかこじ開けようとチャペルコンサートを開催し始めました。毎回教会員を含めて90名前後の方々をお迎えしていますが、当初はアンケートに回答をしてくださる方も本当の少数でした。それが昨年は60名近くまで回答者が与えられ、その面でも定着してきたと感謝しています。

     

     そのアンケートの中で、どのようにしてチャペルコンサートを知りましたか?という項目に、10年を超えるチャペルコンサートの歴史の中でも初めて「ポスターから」という回答がありました。新聞折り込みのチラシや家族友人からの案内が圧倒的に多いのですが、一名の方は「ポスター」を見て来てくださったのです。毎回チラシを拡大コピーして教会員の方々が自宅前にポスターを掲示してくださっています。そのポスターが効果を発揮したのです。大感激でした。

     

     ある教会員の方は、自宅ま正面に毎回チャペルコンサートのポスターを何枚か並べて掲示するだけでなく、三浦綾子読書会のポスターも数年間掲示し続けてくださっています。そのポスターから読書会への来会者が与えられただけでなく、町内会との関係でも思わぬ効果を発揮していると伺いました。長岡の町内会は、神社の寄付集めにも使われているのですが、最近になってそのお宅はパスしてくださるようになったとのことです。これもポスターの効果だと感謝しています。

    | - | 21:48 | comments(0) | - | - | - |
    公現祭
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       日本社会の不思議なこととして、クリスチャン国でもないのに大々的にクリスマスが祝われていることが指摘されます。たいていの場合は、本家?の教会よりも早くからショッピングセーターにクリスマスツリーを始めとしてクリスマスの飾り付けがなされます。アチコチの光のページェントは、テレビのニュースでもその点灯式が大きく取り上げられます。もっとも、12月25日が過ぎるや否や、飾り付けはサッサと取り外されてしまいます。

       

       クリスマスだけでなく、最近はイースターも祝われているようです。もっとも、本来のイースターであるイエス様の十字架と復活は少しも顔を出さず、その代わりにイースターラビットがピョンピョン跳ねています。田舎町の私たちのまわりでも、年々イースターが華やかに取り上げられています。その頃になると、色とりどりのタマゴをカゴに入れたイースターラビットがショッピングセンターに飾り付けられます。

       

       先日、家内のお供をしてパン屋に買い物に行きました。そこは、長岡でも一二を争うおいしいパン屋(家内のいとこが始めたパン屋で、今こその子どもが頑張っています)です。昼食用にそれぞれのパンを選びました。私は、いつものようにアレコレと悩んだ末に、カツサンドを選びました。家内がレジに並んでいる間、パンの棚の間を歩いていたら、見かけないパンのカゴに「公現祭に食べる」という説明を見つけて思わず家内に追加購入をお願いしました。

       

       家に帰ってから改めて「公現祭」について調べてみました。諸説ありますが、今では「東方の博士」たちが幼子イエス様のもとに来て礼拝した記念日で、それが1月6日とのことでした。まだクリスチャンではない親戚のパン屋さんに、「公現祭」のパンが売っていたことに感動しました。パイ生地の中に甘い具材が入っている、とてもおいしいパンでした。数年後には、日本全国のパン屋さんで「公現祭」のパンが売られかも、と期待しました。

      | - | 20:13 | comments(0) | - | - | - |
      今年こそは
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         新しい年に踏み入り、今日は第一聖日礼拝を守りました。いわばクリスマスから年末年始の特別な日々を越えて、通常の歩みとしての第一歩を踏み出したわけです。今日の午後は集会をお休みとしましたので、何もしないでゆっくりと過ごしました。夕食を越えてもまだノンビリとしていたのですが、まとまらない頭で今年の展望や、新年の決意などを少しずつ考え始めました。まだ「新年の決意」を何にしようか、と言う程度のボンヤリとした考えです。

         

         真っ先に頭に思いついたのが、もう何年も「新年の決意」の第一に挙げられている私の荷物や書籍の整理です。多分、子どもの頃の生活の影響と思いますが、私はモノを捨てるのが苦手です。小学4年生で長岡に来たのですが、その頃の子どもたちの遊びの一つに、割り箸で作った輪ゴム飛ばしの鉄砲がありました。ところが、当時の我が家には割り箸も輪ゴムもなかったのです。友だちが自慢して見せる「豪華?」な鉄砲をうらやましく眺めていました。

         

         そんな私ですが、家内の指摘を受けるまでもなくムダなモノが多いことは自覚しています。30年以上も前の洋服は、今では考えられない位小さなサイズです。もう一度その当時の体型に戻ることが理想ですが、それは夢と言うよりも妄想でしょう。今年こそは、時間を取って、ロッカーの奥に入っている古い洋服を処分しようと思います。ついでに、その服の中に隠してある「竿」も一緒に処分しようかと思っています。もう魚釣りもしないと思うからです。

         

         書籍は数年前に随分処分したのですが、また増えたこともあってゴチャゴチャして来ました。キチンと整理したいと思います。ゴチャゴチャと言えば、私の机の上もゴチャゴチャです。スッキリとした机で、今年こそはスッキリとした説教の準備をしたいと思います。私の名前には「間」があるのですが、私は「間」の取り方がヘタです。それは、私のあがり症のせいもあるのですが、今年こそは、良い「間」の説教者を目指そうと思います。

        | - | 21:23 | comments(0) | - | - | - |
        来年こそは
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           今年の最終聖日を越えました。今年は、家内と私のそれぞれの母が、六月末から七月初めの二週間前後の間に愛する主の御許に召されるという、大きな出来事がありました。当時は、次々と変化していく事態の中、ただ目の前の一つ一つの状況に最善を願って対処していくという、じっくりと考える暇もないほどの慌ただしい日々でした。今も、それぞれの母が過ごした部屋などの前を通ると、まだそこに居るように感じます。

           

           年末になって、改めて二人が天に召されたことが現実だったと思い返しながら、寂しさも感じます。でも、家内も私も不思議と悲しみは余り感じません。楽しい想い出だけが残っているからです。もちろん老齢の問題や健康の課題など、その時にはどうして良いか迷うこともありましたが、そうした悩みや戸惑いさえも、今は楽しく振り返ることが出来ます。何よりも、天の御国がますます慕わしいものとなっていることは、感謝なことです。

           

           そうした大きな出来事に比べると実に小さな事かも知れませんが、今年は私が70歳になった年でもありました。50歳の時でも、60歳の時でも、その数字を聞くと「誰の年齢か?」と驚きましたが、「70歳」という響きは格別です。正直、違和感以外の何ものもありません。まったくその自覚がありません。ただ、病院の窓口で支払をするときだけ、70歳を実感し、まんざらでもないと思います。医療費負担が少し軽くなったからです。

           

           私の誕生日は1月ですから、年明けにはすぐに71歳になります。自覚をしていようがいまいが、現実に「年齢による衰え」はヒタヒタと押し寄せてくると思います。新しい年は、自分に「出来ないこと」が多くなることを受け入れたいと思います。考えたら、今までの失敗の多くは、自分には出来ないことを認めずに(自分の思い通りに成し遂げようと)背負い込んだことが原因だったように思います。来年こそは、良い意味で「分相応」に生きていくことを心がけたいと思います。

          | - | 20:38 | comments(0) | - | - | - |
          キャンドルサービス礼拝
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             雪国にしてはとてもめずらしいクリスマス礼拝でした。それは、雪が全くないだけでなく暖かく(10℃前後)、しかも時々晴れ間が覗いていました。私たちの地域は「裏日本」と言われています。表日本の冬は、空高く抜けるような青空が特徴的ですが、裏日本のそれは、連日どんよりと鉛色の雲が低く垂れ込めているのが特徴です。まさに「裏」と言われても仕方のないような暗いイメージです。それが、今日は日が差していました。

             

             この何年間か、礼拝の時にキャンドルサービスをしています。出席される方のことなどを考え、冬の夜は集会を避けているからです。それが、今年は、キャンドルサービスの時間に日が差したのです。何か不思議な感じがしました。もっとも、私たちの会堂は、窓に暗幕を下げる装置(マニュアル式)がありますので、会堂内は「最低限」の暗さを保つことが出来ます。それでも薄明かり?の中でのキャンドルサービスとなりました。

             

             コワイヤなどの練習を見ながら、今年のキャンドルサービスの賛美プログラムは、例年以上に充実して時間を必要としていると感じていました。それで、冒頭の小礼拝とショートメッセージは、いつも以上にコンパクトに、と心がけました。それでも、私の至らなさのせいで、予定時間を数分オーバーしてしまいました。小礼拝の締めくくりに「きよしこの夜」を歌いながら、自然とキャンドルサービスに移行しました。

             

             詳しい打合せはしていなかったのですが、キャンドルサービスの責任を担ってくださっている音楽部の方と「あうんの呼吸」でスムーズに移行できました。次々と盛りだくさんの音楽プログラムが進められました。最後は、ダンス付の「Merry Merry Christmas」という曲でした。コワイヤの中の若者たちが賛美に合わせてダンスをしてくれました。会衆も一体となって笑顔があふれる楽しい締めくくりとなりました。多くの荷を担ってくださった方々に心から感謝しました。

            | - | 20:35 | comments(0) | - | - | - |