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牧師のこーひーぶれいく

スノータイヤ
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     パームサンデーの聖日を越えることが出来ました。新年度・新学期に伴う様々な変化や動きの影響で、何人かの方々は他出でした。また、この時期、健康的な課題の中にある方々も多く、さらにはご高齢の方々も多いので、集うことの出来ない方々のため、大牧者である主が行き巡って、慰め励まし、その信仰を支えてくださるように祈りつつ礼拝を守りました。午後には、復活をテーマにした映画を見ました。

     

     午後の集会時間は、映画の影響で少し長引きましたが、いつものように午後の集会後に出席者全員で会堂の清掃をして、次の集会に備えてくださいました。実は、その後に、私と家内は一つの予定を入れていました。それは、スノータイヤの交換です。今年は、冬の間は雪が少なく、スノータイヤにしなくても良かったほどでした。でも、3月末から4月にかけて雪がちらつくことが多く、なかなかスノータイヤを普通タイヤに交換するチャンスがありませんでした。

     

     先週の水曜日には、真冬並みの寒気が予想された程でした。送迎のことなどもありますので、まだスノータイヤから換えてなくて良かったと思ったほどでした。でも、スノータイヤが活躍するほどの降雪はありませんでした。祈り会を越えて、さすがにもうスノータイヤは必要がないだろうということで、家内と私と二人で協力して木曜日以降に交換する予定でした。もちろん私一人でも交換できますが、腰痛持ちの私は家内の信用がイマイチのようです。

     

     ところが、週末にかけて二人のスケジュールと気分が合わず、今日の集会後に交換することに決めました。でも、実際に集会が終わってみると、二人ともタイヤ交換の気力と体力が残っていず、あうんの呼吸で明日に順延しました。まだスノータイヤで走っていると、少し引け目を感じます。すっかり遅くなってしまったスノータイヤの交換で、少々焦りを覚えますが、それだけ春が本格的になったことを実感し、イースターに備えたいと思います。

    | - | 20:10 | comments(0) | - | - | - |
    応援練習
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       新学期の思い出の一つに、高校での応援練習があります。私たちの高校は、応援練習が厳しいことで有名でした。二つ?ある校歌を初めとして、たくさんの応援歌を三年生のゴツイ(というイメージ)応援団員が新一年生に教える(というよりムリヤリたたき込むむ)応援練習は、勉強よりも厳しいものでした。気弱な学生は、それが理由で学校を休むほどでした。もっとも休むともっとヒドイ事態を招くことになります。

       

       というのは、この応援練習は何日間も続いたからです。全員が歌う練習だけならまだしも、クラスの何人かを立たせて歌わせ、チャンと覚えているかを確かめる練習もありました。応援団長が、「各クラスの出席名簿・・・何番、何番、何番・・・」と指名し、その番号のものだけが歌うのです。音感の悪い(というかオ○チの)私には、この時が最悪でした。今の時代だったら、明らかに「ハラスメント」と認定される学校行事だったと思います。

       

       そんな思いをしてたたき込まれたたくさんの応援歌の中で、私たち学生に一番好評だったのは、「敗戦歌」でした。確か歌詞は『満天星の数見せてこうようへいげん暮れゆけば新たに希望湧き出でん、友よ、また来むいくさまで』というものでした。なぜ今まで覚えているかというと、何しろ、数ある応援歌の中で、一番たくさん歌ったからではないかと思います。野球などの応援にかり出されても、いつもこの歌を歌って帰って来ました。「勝利の歌」は歌った記憶がありません。

       

       新年度に入り、私自身の応援歌について考えました。勝間田家の応援歌は「地のちりに等しかり、何一つ取り柄無し」です。3節の「もし恵みなかりせば、はや滅び果てしならん。」は、まさにその通りとうなずかされます。今の私自身の応援歌は「弱き者よ、われに全て任せよや、と主はのたもう」かな、と思います。どちらもまるで「敗戦歌」のような歌詞ですが、主の恵みに生かされる信仰者にとっては「勝利の歌」です。

      | - | 07:52 | comments(0) | - | - | - |
      ふっと出た「感謝」
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         年度末の聖日でした。いつもの年ですと、この時期の聖日は、年会直後、つまり新しい任命を頂戴して初めての聖日として新たな踏み出し感があるのですが、今年は3月始めに年会がありましたので、通常の聖日のように迎えました。それでも、若い方を初めとして年度替わりの様々な動きのある中で、主の新鮮な恵みを祈り求めながら今日を迎えました。そして、いつものように、講壇に上がる際、いつものようにひざまずいて祈りました。

         

         説教者として講壇に上がる度に、私は「大麦のパンです。主よ用いてください。」と祈ります。空腹を抱えた数千人を前にした時、一人の少年が「五つのパンと二匹の魚」を主に差し出したところ、主がそれを用いて数千人のお腹を満たしてくださった、という記事を心に思い描いての祈りです。自分が精一杯準備した説教は、決して集ってこられた方々には十分なものではなくても、主の手に委ねるなら満たしてくださる、との信仰の祈りです。

         

         今日も、講壇に上がって、椅子に座る前にひざまずいて祈りました。ところが、いつもの祈りではなく、フッと「感謝します。」という言葉が心に浮かんできたのです。自分でも少しビックリしましたが、そのまま祈りを続けると「今日も主は、こんな乏しい私を用いてくださることはなんと感謝なことか。」という言葉が出て来ました。ホンノ数秒間の短い祈りでしたが、主が与えてくださった祈りに励まされて立ち上がりました。

         

         今までは、欠けだらけの自分や、自分が準備してきた説教の粗末さだけを見て申し訳なく思い、主の助けを祈ってきました。今もそれは少しも変わりませんが、今日の祈りで、欠けだらけの自分を別な面から見ることが出来たと思いました。それは、主は私の欠けを全てご存じで、それでも/それだからこそ召してくださり、ここまで忍耐深く御手に握りしめて用いてくださったという恵みの事実です。新しい年度は、この恵みの事実に励まされて進みたいと願います。

        | - | 22:41 | comments(0) | - | - | - |
        タマゴかけごはん
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           今日は、朝起きたら一面が雪で真っ白になっていて、ビックリしました。今冬は、ほとんど雪が降らず、除雪機も一度も出動させなかったのですが、春分の日が過ぎてからの本格的な積雪には少々焦りました。あわてて駐車場の除雪に飛び出しましたが、心は教会員の方々の交通事情が気になりました。スノータイヤから普通タイヤに交換した方がほとんどでしょうから、無理をなさらないようにと願いながら除雪作業を続けました。

           

           案の定、一番乗りの方は、今朝もう一度スノータイヤに交換し直したと仰っていました。それでも、皆さんは変わらずに礼拝に集ってこられて感謝しました。今日の午後には、月一回の「三浦綾子読書会」もありました。遠くからの参加者も加えて、今日は18名の参加でした。今の課題図書は「細川ガラシャ夫人」です。すでに下巻に入り、玉子(ガラシャ夫人)が山里に隠れ住んでいる部分を中心に朗読をして頂き、感想を語り合いました。

           

           戦国時代の権力争いの社会にあって、才覚や能力があればドンドンのし上がれる可能性があるのに、玉子は自分が女として生まれたことで何も出来ないことを悔しがるほどの勝ち気な性格でした。でも、父・明智光秀が織田信長に謀反を起こして三日天下に終わった後、夫の配慮から命を生きながらえるために山里に隠れ住んだのです。戦乱の世から離れて寂しく暮らしながら、村人の貧しくはあっても素朴な生き方を通して玉子は「本物の幸せ」に心を向け始めるのです。

           

           今の時代も、便利になり豊になってはいるけれども、子どもたちは「本当の幸せ」を味わっているか大いに疑問、と言うのが出席者一同のうなずきでした。そこで私は自分の子どもの頃を思い出しました。貴重な一個のタマゴで、何とか三杯のゴハンを食べるため、一生懸命にタマゴをかき回したのです。今の子どもは平気で一杯のゴハンにタマゴを一個使って食べます。でも、豊になった方が幸せとは言えない、というのが全員一致の思いでした。

          | - | 20:01 | comments(0) | - | - | - |
          外れている?
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             今日の聖日は、午前の集会だけで、午後の集会はお休みにさせて頂きました。それは、昨日の結婚式を考慮してあらかじめお休みにさせて頂いたからです。月間の集会プラン表を作るときは、土曜日に結婚式があっても翌日の聖日は通常の予定で大丈夫、と思っていたのですが、近づくにつれて自信が無くなりお休みにさせて頂きました。今日の礼拝を越えたとき、年齢から来る疲れを感じて、お休みにして良かったと感謝しました。

             

             それでも教会学校は、司会だけですので精一杯務めました。司会者として賛美歌を選ぶにあたって、ぜひ賛美したいと「君は愛されるため生まれた」を候補に挙げました。実は、この賛美歌は、第一聖日の礼拝時に行っている「シングスピレーション」で、J−Praiseが賛美してくださった一曲でした。それで、先週の教会学校でも歌いました。ところが、急でしたので家内はとても伴奏できないと詰まってしまいました。

             

             どうしようかと困ってしまいましたが、ちょうどその日は会衆席にSさんがおられるを見て、突然でしたがピアノの伴奏をお願いしました。このSさんについては、絶対音感の持ち主で、ピアノは初見の演奏が得意と伺っていました。お願いをすると、初めて見る曲ですが、と言いながら見事に伴奏をしてくださいました。これで、二週連続この賛美を歌ったことになります。それでも、まだ自分のものになっていないので、今日も賛美したいと選びました。

             

             今朝、まだどなたも来ておられないときに家内に選曲のことを伝えました。早速、エレクトーンで練習を始める家内を少しでも応援しようと、そばに行って一緒に歌い始めました。実は、その前に私は YouTube で何回か練習していましたので、少しは自信がありました。でも、歌い始めると、家内はかえって弾きづらそうにしながら言いました。「あなたは結構外れるから。」確かに、私は音程もリズムも外れます。今日は控えめに歌いました。

            | - | 19:40 | comments(0) | - | - | - |