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牧師のこーひーぶれいく

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白寿の母
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    白寿の母

    昨日4月29日は、母の99歳の誕生日でした。この3年弱の間に3回骨折(右肩、左右の大腿骨)し、2回入院しましたが、皆様方の温かい励ましとお祈りに支えられて、不死鳥のように回復しました。さすがに今は、片足で立って靴下をはく(最初の右肩骨折の原因)などと言う年齢にふさわしくない行動を自粛し、車イスで移動するようになっています。それでも、ベッドへの移動などは自分でできて、周りの方から驚かれています。

     

    二〜三年前までは、自分の年齢を「何歳何ヶ月」までハッキリと言って、会う方々が「お若い」と驚いて下さる反応を楽しみにしていました。それが、昨年の3回目の骨折入院後から、年齢を聞くと恥ずかしそうにごまかすようになりました。まるで乙女心がくすぐられているような母の姿がおもしろくて、顔を合わせる度に「いくつになる?」と聞いてしまいました。私が「今度99歳だよ」と言うと、「へーっ」と本心から驚いています。

     

    大正七年の生まれですから、関東大震災の時には5歳で、少し記憶があるようです。生家の家業の洗い張り屋が、その大震災によって家も工場も全焼し、預かっていた高級反物も消失して多額な借金だけが残ったと、会う度に初めて聞かせるように話してくれます。その絶望の中で、長兄の倉造叔父が教会に導かれ、自分も救いに預かり、さらに召命を与えられて献身者として戦時中を過ごしたことなどを昨日のことのように話してくれます。

     

    戦時中、教会が解散命令を受けたので、献身者だった母にも特高警察が二三名尾行について、信徒宅を訪問しないように監視していたが、自分たちは夜道などはかえって安心と笑っていたとも話しています。そのように全生涯を振り返りながら、いつも結論は「その名は不思議」という神様のことです。本当に神様の恵みは、不思議なことだと心から感謝しています。99歳の口から出てくる「感謝」という言葉には重みがあると感じています。

    | - | 21:53 | comments(0) | - | - | - |