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牧師のこーひーぶれいく

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やすらかな寝息
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     このところ、年齢と共に私らしさを失いつつあるように感じています。その一つは、聖日の説教の準備です。若い頃は、いつも土曜日の夜おそくまで机に向かっていました。時にはスズメの鳴き声に焦りを覚えることもありました。そんなバタバタした準備不足の自分を慰める言葉として「私の説教は新鮮さだけは誰にも負けない」と心ひそかにつぶやいていました。追い詰められないと机に向かえないのは、学生の頃からの習性でした。

     

     カレッジの頃、ある教授から「マニャーナ(スペイン語で「明日」)」という言葉の誘惑に負けてはならない、としばしば言われました。まさに、最後の最後にならないと頑張らない私のような学生に対する適切なアドバイスでした。そのアドバイスは耳には残ったのですが、私の根性までは届かなかったようで、それ以後もずっと「マニャーナ」のささやきに負けていました。それが、最近は自分でも不思議なほど説教の準備が早めに終わるようになりました。

     

     昨日(土曜日)も、早めに説教準備が終わって、夕方から別の仕事に取りかかりました。少し細かい字での資料作成です。夕食後も続けてその仕事をしていた時、目が痛くなり、続いて気持ちが悪くなり、さらに背中と胃が激しく痛み始めました。家内の所に行って背中をマッサージしてもらいましたが、なかなか痛みが引きません。必死に痛みに耐えていると、家内は「救急車を呼ぶ?」と言い始めました。その声を無視してうめいていました。

     

     ところが、30分もしないうちに、背中を丸めてうずくまっている私の隣から、安らかな寝息が聞こえてきました。その時、ゲッセマネの園で苦悩するイエス様のそばで寝息を立てている弟子たちの姿が思い出されました。多分、弟子たちは寝息というよりもうるさいほどのいびきだったのではないかと思います。その弟子たちに対するイエス様の言葉は「心は燃えていても、肉体は弱いのです。」でした。私もそう言える者となることを目標にするように、と示されたように感じました。

     

     

    | - | 16:55 | comments(0) | - | - | - |