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牧師のこーひーぶれいく

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キリギリス
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     「キリギリスみたいで申し訳ない・・・」と言いながら、キュウリに味噌を添えて食卓に出してきました。私は「スィーチョン」と答えましたが、家内から「それってキリギリスの鳴き声?」と疑問を呈されました。言われてみれば、キリギリスの鳴き声がどんなものか知りません。いずれにしろ、我が家の夏の食卓には、このキュウリと味噌が立派な一品として頻繁に登場します。それを食べながら、いつも思い出すことがあります。

     

     我が家が青森にいたとき、広い庭がありました。両親は、必要に迫られて、そこに野菜を植えました。当時は、水道ではなく、台所に手でガチャガチャと動かすポンプ式の井戸でしたから、水やりは大変だったと思います。前の道路の真ん中に、幅1メートルぐらいの用水路(私が落ちて流され、すんでの所で選択していたおばさんに命を助けられた用水路)がありましたので、父が枝の長いひしゃくでそこから水やりをしていました。

     

     夏の収穫は私たち子どもが担当しました。当時のキュウリは、まだ改良されていなかったようで、根元の部分はとても苦みが強く、子供心に、キュウリは先っぽの方がおいしいものだと思いました。今のキュウリは、根元の苦みはほとんどなく、全部がおいしくたべられます。それでも、子どもの頃に印象づけられた「キュウリは先っぽがおいしい」という思いはいまだに強くあって、選ぶとなるとつい先っぽの方を手にしてしまいます。

     

     言ってみれば、この「キュウリ・味噌」は私のソウルフードのようなものです。味噌を付けてキュウリをかじりながら、60年も前の子どもの頃をなつかしく思い返すことが出来るからです。ただ、毎日のようにそれを食卓に出す家内は、時には心が引けるらしく、「キリギリスみたいで・・・」という言葉を添えます。私は、伝道者として「ギリギリッス」と感じていますので、キリギリスのようなものかも知れません。

    | - | 08:14 | comments(0) | - | - | - |