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牧師のこーひーぶれいく

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ラーメン屋
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     もう何年も中断していますが、家内と二人で夕食後にウォーキングをしていました。ウォーキングは、単に身体の健康だけでなく、頭脳のリラックスにもとても良い効果があります。普段は自動車で通り過ぎている景色も、歩きながら見ると新鮮に映ります。家々の垣根なども、自動車ではただ緑の木々ですが、歩きながら見ると木の種類による違いも分かります。それらをじっくりながめながら、様々な思い巡らしをするのが頭脳のリラックスになります。

     

     そんなウォーキングのコースに、一軒のラーメン屋があります。歩く度に、その店先に開店中の看板が出ているかチェックするのがクセになっていました。それは、定休日以外でも結構休んでいることが多かったからです。うわさによる、そのラーメン屋のご主人がこだわりを持っている方で、気に入ったつゆが出来ないと店を開かないのだそうです。それで定休日でもないのに閉店の看板が良く出ていたのだと納得しました。

     

     聖日の朝、私は時々そのラーメン屋のことを思い浮かべます。今日の自分の説教の出来具合だったら、あのこだわりのラーメン屋のご主人はお店を開くだろうか、と考えさせられるからです。そして、しばしば私は自信が無いまま講壇に立たなければならないことがあります。その時の申し訳ない思いは、説教者として何とも辛いものです。説教が終わった後には、どなたとも顔を合わせることが出来ないように感じます。

     

     そのような時にいつも思い出すのは、五つのパンを用いて数千人のお腹を満たしただけでなく、満足を与えたイエス様の御業です。大麦のパンとは、余り美味ではないということです。それでも、人々に満足を与えることが出来たイエス様は、私の粗末な準備の説教でも、人々の心を満たしてくださるハズ、との信仰に立って講壇に立つのです。ラーメン屋と違って、皆さんが教会に来ても、閉店の看板を出すわけには行きませんので。

    | - | 18:03 | comments(0) | - | - | - |