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牧師のこーひーぶれいく

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チャペル
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     先日、水曜日午前の祈り会を前にして、その日のために準備したメッセージを再確認しました。毎回のことですが、メッセージの原稿を読み直しながら、赤ペンで強調点などを確認したり、書き加えたり削除したりします。たいていは赤ペンだけで済むのですが、先週は、数行の手直しが必要でしたので、パソコンを立ち上げて書き直すことにしました。書き直して再度プリントアウトしたのですが、そのプリントアウトの時間を利用してフェイスブックを確認しました。

     

     すると、突然になつかしい光景が目に飛び込んできました。ナザレン・セミナリーのチャペルが映し出されていたからです。新しい学長の就任式が、フェイスブックでライブ中継されていたのです。なぜその中継が突然私のパソコン画面に現れたのかは良く理解できませんが、祈り会までの短い時間、階下に居た家内も呼んで一緒にその中継を見ました。理事会代表の祝辞、同窓会代表の歓迎の言葉、前学長の祝辞などが続き、新学長への按手式が執り行われました。

     

     続いて、新学長が就任メッセージを語り始めました。「ここにいる私たちは『主に召された』という共通点がある…」正直、英語は半分も理解不能となっていますし、祈り会の時間が迫って来たのでパソコンを切りました。もう40年も前に「やっと」卒業したセミナリーです。そのチャペルをもう一度目にすること、ましてその集会に加わることは二度とないと思っていました。それが、偶然のことでしたが、パソコンの画面で家内共々目にすることが出来て感動しました。

     

     ペンシルベニアのカレッジで学んでいた時、セミナリーでの学びが可能と知って様々と道を探りました。次々と道が閉ざされる中、最後のナザレン・セミナリーに申込みをした後、神様の祈った夜のことを思い出しました。「より良く神様と人に仕える伝道者となるために、何としてでもセミナリーへの道を開いていただきたい」と祈りました。あの祈りがなかったら、能力のない私はセミナリーの学びに挫折していたと思います。当時の苦闘と主の助けを思い出したチャペルの光景でした。

    | - | 19:46 | comments(0) | - | - | - |