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牧師のこーひーぶれいく

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カラを破る
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     「コロンブスの卵」と言う故事から出た言葉があります。ホントかどうかは定かではありませんが、何かの集まりで「卵を立てることが出来るか」と、何人も挑戦したけれども上手くいかなかった時、コロンブスは「そんなの簡単」と言って、卵を手に取り、ガチャンと先端を割って、その卵を立てたというエピソードから出来た言葉のようです。絶対に出来ないという固定観念に囚われずに、発想を転換させると可能性が開ける、ということを意味しているのでしょう。

     

     私は、今までは自分自身を、どちらかというと自由な発想をする方だと思っていました。でも、家内に言わせると、私は自分なりのやり方を守って、それに固執する方では、との分析です。何かやるにしても、いつも同じやり方をキッチリ守らないと気が済まないように見えるそうてず。そう言われると、確かに、朝の洗顔時のタオルの絞り方にしても、ソバで見ている家内に笑われるほどいつも同じタイミングと力の入れようです。

     

     自分でも知らないうちに、私は「固定観念・自分なりのやり方」に囚われていたようです。最近、そのことを自覚する出来事がありました。それは、週報のレイアウトに関することです。長岡教会の週報は、長い間、表だけの一面印刷でした。数年前から、裏面も活用することにしました。それは、祈り会のメッセージのアウトラインを載せる必要が生じたからです。でも、それは半分のスペースを使うだけでした。つまり、裏面の半分は余白のままでした。

     

     先日、これからの特別な予定を週報に載せようと思いましたが、書く欄が足りずに思案していました。その時、ハッと気がついたのです。裏面の半分が空いていることを。それで、そこにラクラクと今後の特別な予定を書くことができました。気が付いてみれば当たり前のことですが、それに思い至るまでは自分の固定観念に縛られていました。まさに「コロンブスの卵」です。これからの教会の働き、宣教の働きに関しても、カラを破って自由な発想で取り組んでいきたい思っています。

     

    | - | 21:36 | comments(0) | - | - | - |