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牧師のこーひーぶれいく

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霊潮
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     「霊潮」とは、海水の満ち引きのように信仰的霊的な「高まりと低調さ」の度合いを表す言葉です。これは、私自身も最近は余り耳にしない言葉ですが、私が若い頃(当然のこととして伝道者として今よりもっと未熟な時)、私が伝道者として尊敬していた神戸のK牧師がしばしば口にしていた言葉です。教会の営みの全てにおいて、この「霊潮」の高まりに心を留めるようにと若い伝道者である私たちに語ってくださいました。

     

     私たちは、教会の成長を願って具体的な目標を立て、その目標を達成するために様々と知恵を絞り、可能な限りの工夫をして活発な企画や特別行事を実施します。その結果として数字的には教会が成長したように見えたとしても、それが「霊潮」の高まりによらなければ、また「霊潮」の高まりをもたらさなかったなら、それは本当の意味での「教会の成長」ではない、とK先生はその穏やかな表情からキッパリと話してくださったことを思い出します。

     

     今の日本のキリスト教界は、全体として暗いことばかりが目立ちます。社会の少子高齢化の波をもろに受けて、教会の10年後、20年後は今より激減すると言われています。その暗い展望を打破するために、私たちは焦りを覚えながら様々と悩んでいます。何をどうしたら良いか、どうしたら人々の関心を教会に向ける事ができるか、どんな特集を開催すれば人々は教会の門戸をくぐってくれるか、などなど、出口の見えないトンネルに迷い込んだような感じです。

     

     「何をしたら良いのか」という苦悩もとても大切ですが、私たちはもう一度「霊潮」の高まりに心を向けるべきではないかと考えさせられました。というのは、今日の礼拝が終わった時、一人の出席者に声をかけると涙をふいていたのです。お話を伺うと、会堂に一歩足を踏み入れた時から主の恵みを感じて涙がこみ上げてきたとのことでした。様々な課題の中を通っているからこそ、主の愛とあわれみを強く感じたのでしょう。もっともっと「霊潮」の高まりを祈り求めなければ、と強く示されました。

    | - | 21:46 | comments(0) | - | - | - |