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牧師のこーひーぶれいく

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量り売り
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     100歳の母の所に行く度に話題になることがあります。私がまだ子どもの頃の苦労話しです。もちろん苦労したのは親の方で、子どもである私はエンジョイしていたので、その頃の楽しい思い出がたくさんあります。そのうちの一つに、お醤油の量り売りがあります。我が家から歩いて2〜3分の表通りにあった酒屋さんに小瓶を持って行き、そこにお醤油を一合(今で言う180cc)量ってもらって買ってくるというお使いに良く行きました。

     

     私が持っていったお醤油の小瓶に、じょうろの先を刺し入れて、そこに差し出した一合枡にお店の一升瓶からお醤油を注ぎ入れてもらうのです。一合枡に山盛りのようにナミナミと注がれた時も嬉しいのですが、その最後の時に一升瓶からドバッと出て、一合枡からあふれ出るように注がれた時は、何とも言えない幸せな気分になりました。そのお使いの度に、今日はドバッとあふれるかな、と内心で期待しながらお使いに行ったものです。

     

     子どもの頃のそんな経験があるからか、今でもお醤油を使うとき、その使う量にチョット気を遣います。小皿にお醤油を注いで、そこにおひたしなど付けてを食べるのですが、そのとき、最後のひと箸で、自分で注いだお醤油がキレイになくなると内心で満足します。食事が終わっても小皿に醤油が残っていると、心が痛みます。それは、回転寿司などに行ったときも同じです。最後の一貫でお醤油がなくなると、何となくホッとします。

     

     今週も私はお醤油を使うときに、私は無意識的に小皿のお醤油が残らないように注ぐと思います。その習慣の背景としては、お醤油の量り売りの経験と、そこで味わったナミナミと注がれた時の喜び、ドバッとあふれるように注がれた喜びがあります。今週も、神様は私たちに恵みを注いでくださると信じます。その注ぎ方は、私のお醤油の使い方のようなものではなく、ドバッとあふれるような注ぎ方で、私たちに幸せな気分を味わわせてくださると信じます。

    | - | 20:39 | comments(0) | - | - | - |