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牧師のこーひーぶれいく

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献身したのにねぇ
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     母は、今年の4月で100歳を超えました。女学校の友人たちからは、22歳を超えては生きていない、と言われていたほど弱かったそうです。私も、子どもの頃からの母の第一印象は「病弱」というものでした。そんな母が100歳を超えるとは、本人が一番驚いているのも不思議ではありません。それも、100歳を超えていても、車イスとはいえ自分のことはほぼ自分でできるほどの元気があり、ありがたいだけでなくうらやましく思います。

     

     先日も、部屋に行くと、ベッドに座って頭を垂れてジッと動かないので、何か具合でも悪いのかと心配しながら近づくと、顔を上げて私を見つけ、「今お祈りしていたのよ。」と言いました。それを聞いた私の方が、頭が下がりました。ある時は、聖書を読みふけっていました。そんな母が口癖のように言うのが「献身したのにねぇ。」です。特に、イチゴショートケーキなどを持っていくと何度もくり返します。

     

     「献身」とは、牧師になることを意味します。母は、第二次世界大戦中に「献身」へと心が動かされて、教会に住み込みながら伝道者としての訓練を受けました。その後、戦時中にも日本で唯一政府から許可されていた神学校に入ったそうです。その当時、「献身」して牧師になることは、食べることにも事欠くほどの貧乏のどん底を味わうことを意味したようです。もっとも、母の実家は献身する前から相当の貧乏だったようですが・・・。

     

     そんな母は、今ゆったりしたキレイな部屋に住み、生活の全てに手厚い介護を受け、何の苦労もなく日々を過ごし、おまけに時々息子から差し入れのお菓子を味わっていることを、とても「贅沢」していると感じるようです。それで、オイシイとケーキを喜んで食べながら「献身したのにねぇ。」を連発しているのです。私も、母と一緒に、ここまでの神様の不思議な恵みを感謝しています。私は、ケーキは食べずに見ているだけですが。

     

     

    | - | 20:11 | comments(0) | - | - | - |