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牧師のこーひーぶれいく

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架空の果物
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     今日、9月最終の聖日は、大きな台風の接近が報じられている中でしたが、私たちの教会は今日も普通に礼拝を守ることが出来ました。台風の進路にあたっている地方では、礼拝出席も妨げられた方がいるのでは、会堂の建物に被害が出ないようにと、礼拝ではお祈りをさせて頂きました。毎週、変わらずに礼拝を守れることも、決して当たり前のことではなく神様の恵みの一つと、出席のお一人お一人の顔を見ながら感謝しました。

     

     今日の週報のコラムには、いちじくに関する私の思い出を書かせて頂きました。そのキッカケとなったのが、家内が作ってくれた「いちじくの砂糖煮」です。今年で2回目です。実は、10日ほど前に一度作ってくれました。そろそろいちじくの季節も終わりなので、今年は一回だけで終わる予定でした。ところが、お店に安売りのいちじくが出ていたので予定変更で二回目のいちじく煮となりました。

     

     この時期、私にとっては、このいちじくの砂糖煮は、一つの思い出の味なのです。家内の実家にいちじくの木があり、たくさん採れた時に義母がよくいちじくの砂糖煮を作ってくれました。朝食時にパンに載せて食べたり、三時のおやつに甘味を楽しんだりしていました。もう何年も前に、そのいちじくの木をなくしたのでずっとなつかしくは思っていましたが、諦めていました。そんな私の思いを察して、家内がいちじくを煮てくれたのです。

     

     今年二度目のいちじく煮を味わいながら、十和田時代のS老兄を思い出していました。当時の十和田ではいちじくが出回っていなかったらしく、そのS老兄は聖書に出て来る「いちじく」を一度も見たことがありませんでした。それで、いちじくとは「架空の果物」と思ったようです。牧師として赴任した両親から、いちじくの話しを聞いて「一度で良いから食べてみたい」と言ったそうです。甘いいちじくを味わいながら、聖書の記事は決して架空でないとうなずきました。

    | - | 20:13 | comments(0) | - | - | - |