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牧師のこーひーぶれいく

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コスモス
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     今日は、とてもさわやかな秋の日でした。いくつかの町内会では避難訓練が実施されたとかで、レギュラーの何人かは欠席でした。午後には、今月一回だけの「伝道会・聖書と賛美の集い」が持たれました。やはり、様々なご都合で欠席の方が多く、少々さみしい集いでしたが、司会や証などの真実なご奉仕を頂いて、心は感謝であふれました。特に、先週の月曜日に開催された「第44回・北越聖会・新潟地区」の感想が分かち合われ、講師の熊谷師の真実なご奉仕により、多くの恵みを戴いた感謝が語られていました。

     

     すべての集会とその後の後片付けを終えたところで、家内が公園に行こうと誘ってくれました。長岡の郊外に、国立の丘陵公園があります。そこのバラとコスモスが見頃とのことで、数日前から行きたいと言っていたのです。いつもですと、グッタリと疲れて何をする元気もないのですが、健康とダイエットの必要感から誘いに乗ることにしました。何しろ、衣替えで着た秋冬の服がギュッと締まった感じになって、何とかしなければと思っていたからです。

     

     小学の低学年の頃、十和田教会の庭にはコスモスがたくさん咲いていました。自分の背丈を越えたコスモスの林の中を遊び回った記憶があります。背伸びしてコスモスの花をちぎり取り、花びらを間引きしてコスモスの竹とんぼを作って遊んだのです。コスモスというと、すぐにその光景が思い浮かびます。なぜアノ光景なのか自分でもわかりません。きっと、なんのストレスもない子どもの頃の無邪気な日々のなつかしい思い出として心に深く刻まれているのでしょう。

     

     そんなこともあって、聖日の集会を終えた夕方、本当は疲れて休みたいのですが、コスモスの言葉にさそわれてノンビリした時を過ごしました。セミナリーの新約の教授が退任の記念講演の時、もう一度人生をやり直せるとしたらしたい事、という中に、もっと散歩をしたい、と言っていたことを思い出しました。確かに、自然を眺めて身体を動かすことは良い気分転換になりました。これからも精一杯の仕事をするために、私ももっと散歩をしようと思いました。

     

     

    | - | 18:53 | comments(0) | - | - | - |