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牧師のこーひーぶれいく

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天国に行っても・・・
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     今日は、年間予定表では伝道礼拝となっていました。一人のご姉妹が教会に導かれたキッカケから、信仰生活の体験談をお話しして下さいました。私が特に心に残ったのは、今年の6月のある集会を通して、イエス様の十字架の贖いがどんなに大きなものかが語られたとき、それまで心の中にモヤモヤしていたものが「ストンと心に収まる」ような経験をされたというお話でした。私たちも信仰生活の中で、なかなか理解できないことが多いものですが、十字架を見上げることで心の内に感謝が湧いてくることを共感しました。

     

     また、今日は去る7月に101歳の地上生涯を全うして天の御国へと招きいれられた母の納骨式も執り行われました。召されてもう三ヶ月が経ちましたが、いまだにフッと母の所に行かなければ、という思いが心に迫ってくることもあります。その度に、あっそうだ召されたのだと自分に言い聞かせて、天に御国に思いを向けています。数日前には、孫たちと母(孫たちにとっては「大きなおばあちゃん」)が天国からみんなに声援を送ってくれているね、と話しました。

     

     昨日、孫が私に感謝の言葉を書いて贈ってくれました。「いつも大好き」とか「感謝している」とか私の心を揺すぶるような言葉が書き連ねられていました。特に、この二〜三ヶ月はアレルギー(アトピー?)の具合が悪く、つらい思いをしていた孫に励ましをかけたことをとても感謝していました。それを読みながら、私は思わず涙がこぼれてしまいました。家内も娘もそれを聞いて意外だと言わんばかの表情を見せていました。私だって感動の涙を流すのです。

     

     その感謝の言葉の中に、私が「天国に行っても」愛していると書かれていました。それを聞いた家内と娘は爆笑していました。確かに、私が天国に行くのはもう少し待ってもらいたいと思いますが、その純粋な思いに私は心から感動しました。母の最後の一週間は、意識も途切れ途切れでしたが、私はこの最期の時にも母が私たちに何かを伝えてくれるように、と祈りつつ見守りました。その祈りに答えて、母は私たちに天国を身近に感じさせてくれました。

    | - | 20:26 | comments(0) | - | - | - |