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牧師のこーひーぶれいく

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チョーすっぱいブルーベリー
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     私たちの教会には、立派な?ブドウ棚があります。11年前に、献堂25周年を記念して植えられた巨峰の木が成長して、やっと今年は大豊作のようです。「やっと」というのは、これまでも毎年のようにたくさんの実をつけるのですが、食べられるようになるのは数える程度の「粒」だけで、いつもガッカリしていたからです。今年は、数え切れないほどの「房」が出来ています。今年こそ、聖餐式は教会産のブドウで出来そうです。

     

     そのブドウ棚の下に、二つの植木鉢が置かれています。一つはラズベリーで、もう一つはブルーベリーです。小さな植木鉢ですので、もともとはたくさんの実を期待しているわけではありません。それでも、それぞれに数粒ほどの収穫が何回か出来て、家内と二人で味わったり、孫娘たちにも食べさせたりして楽しんでいます。ラズベリーは、数十センチの高さの木で、小さな植木鉢ですので普通の粒より小さな粒ですが、香りは本格的で楽しんでいます。

     

     ブルーベリーは、数はたくさん採れるのですが、これまた小さな粒で、5粒で普通の一粒ぐらいです。それでも、ブルーベリーは目に良いからと言って私に食べさせてくれます。昨年は小粒でもおいしかったのですが、今年は黒々と熟してオイシソウなのですが、口に入れたトタン「すっぱーい」とふるえてしまいました。それを見た家内が、「今年は肥料をあげなかったからね。」といかにもすっぱいのを分かっていたようにボソッと言いました。

     

     見た目では少しも違いが分かりません。濃紺から黒色に近い色で、良く熟した実でしたが、育てていた家内には、多分すっぱいだろうなと分かっていたのです。栄養不足はその味に真っ先に影響するのだと思いました。それと同じ事が信仰にも言えるのかも知れません。主の恵みにたっぷりと浴した信仰者は、その人格に甘さがにじみ出るのでしょう。反対に、主の恵みに与らず自分一人で必死に頑張っていると、その人格が「チョーすっぱく」なるのでは、と警戒しなければと教えられました。

    | - | 20:15 | comments(0) | - | - | - |