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牧師のこーひーぶれいく

二人の母の教え
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     6月30日に家内の母が主の御許に召され、7月2日に告別式が執り行われました。義母は、ずっと体調がすぐれず心配していました。5月の初めに病院に行き、その後も何度か検査などでアチコチの病院を受診しました。その結果、末期の癌と分かり、私たちは出来るだけ苦痛がないような処置を願いました。その処置のための入院を願いましたが、一時は戸を閉ざされて途方にくれてしまいました。しかし、結果としてそれが幸いして、最善の施設に入ることができました。

     

     病気は予想以上に早く進み、6月30日に天の御国に召されました。私たちは、その日程に驚きました。忙しく全国各地を演奏旅行に飛び回っている長男にとって、空いている日程が限られていました。ところが、5月からの病院受診も含めて、ピタリとスケジュールの空いている日に重なったのです。7月2日の告別式も、その他の様々な関係からも、これ以外にないという日程でした。義母は、だれが時を支配しているを教えてくれました。

     

     その告別式から数日後の7月5日に、私の母の施設から母の体調が悪いとの電話がありました。その日の夕方には、救急車で病院に運ばれ、即入院となりました。重症肺炎で一日持つか分からない、との診断でした。遠く離れている家族のことも考え、酸素マスクの装着をお願いしました。そのおかげで家族との別れの時を持つ事ができました。私が付き添っている時、母はまるで誰かと会って挨拶をしているような様子でした。

     

     目を閉じたままでしたが、「バンザイ、バンザイ」と幼い子をあやすような仕草をしたり、顔をホンの少し横に向けて「あなた、良かったわね。」と言ったりしていました。それはまるで、母が天国を見せて頂いているような様子でした。きっとそこで、ずっと案じていた人と出会って思わず口に出たのが「あなた、良かったわね。」だったのでしょう。その様子から、改めて天の御国の確かさ、主の救いの確かさと広さを教えられました。

    | - | 21:57 | comments(0) | - | - | - |
    デコボココンビ
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       私の両親は、息子の私から見て「デコボココンビ」というイメージです。父は、身長が「5尺」(150センチ)で、母は160センチ近くありました。結婚当初は、父は戦地(中国)からの帰還直後で痩せていましたが、徐々に太っていき、私の記憶の中では父はずっと丸々とした体型でした。一方、母はずっと細身でした。そんな二人が並んで歩いている姿は、まさに「デコボコ」でした。見た目だけではなく、様々な点でデコボコでした。

       

       お箸の持ち方もデコボコでした。父の持ち方は、他に類を見ない変わった持ち方でした。小指まで動員してお箸をもっていました。その分、人差し指がヒマで、お箸を持ちながら「ソレを取って。」と言って指さすことが出来ました。そんな持ち方をしている言い訳として、牧師として会食をする時、この持ち方は便利だと言っていました。でも、その持ち方は、牧師になって始めたのではなく、子どもの頃から身についていたもののはずです。

       

       それぞれの家庭環境も、話しを聞くとデコボコだったように思います。母の家系は、母のおばあちゃんが福澤諭吉と親交があったとかなかったとか・・・それで、母のおばあちゃんは早慶戦ではいつも慶応を応援していたとか。母の家族は、お茶やお花を嗜む人が多かったようです。一方、父の方は、両親とも文化とは縁遠い生活だったようです。そんな背景をもった両親は、見た目だけでなく色々な面で「デコボコ」でした。

       

       この年齢になった私から見て、そのようなデコボココンビが「二人三脚」をして歩んだのですから歩調を合わせるのは大変だったと思います。どちらかというと、母の方が苦労が大きかったように思います。私は子どもの頃から「父に似ている」と言われるより「母に似ている」と言われる方が嬉しく感じました。ただ、どう見ても父に似ているようです。私と家内もデコボココンビです。きっと家内に苦労をかけていると思います。

      | - | 06:38 | comments(0) | - | - | - |
      やがて・・・
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         今回の「こーひーブレイク」は、三日遅れとなりました。これほど遅くなったのは、しばらくぶりです。自分でもイヤになるほど「几帳面+小心者」の私は、日曜日の夜に書くことに決めてから、そのことが心に重くのしかかっています。これまでは普段よりも忙しい日曜日で疲れている時も、書くことがなくてなやむ時も、ナントカ書き続けてきました。そんな私を見て家内は、「かわいそうな性分ね」と同情とは少し違う言葉をかけてくれます。

         

         今日、この「こーひーブレイク」を書いているのも、私の性格が強く影響しています。日曜日の夜には、今週は書かないと決めていました。ところが今日になって、私の「かわいそうな性分」が私をせき立てて書かせています。でも、「やがて」いつかは書かなく(書けなく)なる日がやってくることは事実です。その理由は今はまだ分かりません。自分で願っているのは、神様が導いてくださって「引退」をすることで、このブログを終えることです。

         

         今回のブログの遅れは、日曜日の朝に義母が主の御許に召され、火曜日に告別式を執り行ったからです。一ヶ月前には、こんなに早くに義母の葬儀を執り行うことになるとは考えられませんでした。弱ってはいましたが、まだお見舞いの方々と一緒に賛美を、それも一節だけでなく三節まで歌って、お見舞いの方々を感心させたりしていました。この一ヶ月で、健康状態はめまぐるしく変化し、施設も次々と移りました。

         

         義母の最後の一週間は、いま思うと神様の最善が為されたと思います。特に、多忙なスケジュールの長男が、不思議に時間が取れて最後の三日間、病床に付き添うことが出来たことは私たち家族にとって、神様が「時」を支配していることを覚える出来事でした。「やがて」私のブログも閉じる時が来ることでしょう。いつ、どのようにして、は神様の御手にあることですから委ねています。それまでは自分の「かわいそうな性分」と付きあっていこうと思っています。

        | - | 10:30 | comments(0) | - | - | - |
        母は正しかった
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           私は、小学1年生の時に母から「あなたはオッチョコチョイだから。」と言われました。それは、ある朝のことでした。いつものように朝早く、庭の片隅に父が作った粗末な鶏小屋に入って、タマゴがあるか確かめた時のことです。そのニワトリは、養鶏業者の方が、もうタマゴを産まなくなったから、と私たち子どもの遊び相手としてくださったものでした。ですから、必ずしも毎朝タマゴを産んでいるわけではなかったのです。

           

           その朝は、タマゴが一個スミにありました。私はタマゴを両手でソッと持って大喜びで、庭に面した縁側にジャンプしました。ところが、いつもならラクラクジャンプできるのに、タマゴを両手で持っていたせいで、その時は高さが足りずに転んでしまいました。手に持っていた大切なタマゴは、縁側に落ちて割れてしまいました。足の痛みどころではなく、割れたタマゴを見つめていた私に母が言いました。「あなたはオッチョコチョイだから。」

           

           先日、床屋に行きました。早くて安い床屋です。もう二、三年通っていて顔見知りになっています。その日も、いつもの従業員の方が、私の顔を見て親しげに「どうぞ」と椅子に案内してくれました。シャイな感じの従業員で、面と向かって目を見て話すことはなく、斜め45度くらいで話しかけてきました。椅子に座ろうとすると、私のリクエストを良く知っているというような話し方でモゴモゴと早口で何かを言って、タオルを首に巻き始めました。

           

           私はいつものように「はい、お願いします。」と言って目を閉じて任せました。ところが、ハサミが進むにつれて、どうも私のリクエストした長さよりもずっと短く刈られているように感じて、目をソッと開けて見てみました。案の定、すっかり短くされていました。仕方なく、その後も為されるがままにしました。私のリクエストを分かってもらっていると思った私が「オッチョコチョイ」だったのです。母は正しかったのです。(その母は、いま会う度に「あなたが献身してビックリしちゃった。」と言います。こんな私で良いのでしょうか、と神様にあわれみを求めています。)

          | - | 19:52 | comments(0) | - | - | - |
          一大決心
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             今日は、強烈な雨風が吹き荒れる中での聖日でした。余りの風の強さに、教会のブドウ棚が崩れてしまうほどでした。このブドウは、約10年前に植えられましたが、何度か瀕死の状態に陥りました。昨年も、ブドウ虫の集中攻撃を受けて、絶体絶命のように思えました。今年の春先には、全く枯れてしまったように見えましたが、ナント細い枝は全滅だったのに、太い幹から新芽が出て、今は葉が茂っています。そのブドウ棚が倒れてしまったのです。

             

             そんな強風の中でしたが、いつものように遠くからも多くの方々が励んでくださり感謝しました。今日の午後は、いつもの「聖書と賛美の集い(伝道会)」の時間に「Q&A」が持たれました。今年で三回目です。日頃から心の中に秘めているような疑問や分からないと悩んでいるようなことを、何でも質問してみるという趣旨の集会です。どんな質問が出るか分からないので、私にとってはドキドキの集会です。

             

             今年は、思いがけなく子どもからのかわいい質問もありました。礼拝の最後の祝祷で、私が片手を挙げているポーズについて、どうしてそのような手の形(パーのように手を広げるのではなく、指を閉じている)をするのか、という質問もありました。そう言えば、私もこれまで一度もこうするように、その意味は、などと教えられたことはありません。ソーッと目を開けて先輩牧師の祝祷のポーズを見てマネしているのです。今度、もっと深く考えなければならないと思いました。

             

             そんな質問も含めて、10個ほどの質問を受けました。まるで口頭試問を受けているような1時間半でしたが、楽しく充実した時間を過ごしました。ただ、終わった時には、いつもの集会以上に疲れを覚えました。その疲れの中で、以前よりも気力体力が衰えていることを痛感しました。でも、体重だけは「微増」です。体重増が体力強化につながっていないのです。それで「一大決心」をしました。これからは本気で体重を絞り、体力の維持に努めよう、と。

            | - | 20:34 | comments(0) | - | - | - |