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牧師のこーひーぶれいく

台風19号
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     超大型の台風19号のニュースを注視しながら迎えた今日の聖日でした。二三日前までは、東京を中心とした関東の状況がニュースの中心でした。今まで経験したことがない強風や大雨に見舞われたときの大都会は大混乱だろうと、私たちも案じながら見ていました。土曜日の夕方から、私たちの地域も台風の赤い円(暴風域)の端っこに入りました。風が強くなってきたので、遠くから出席される方にムリしないように電話でお伝えしました。

     

     土曜の夜のニュースでは、多摩川の流域が映し出されていました。私が生まれた高津近辺にも被害が出ていると伝えられて、教会や教会員の方々のことを案じていました。夜が遅くなるにつれて、台風の被害が身近に迫っていることを感じました。私たちの町の真ん中を流れている信濃川の上流である千曲川が氾濫しそうと伝えられました。スマホで調べると、近くに住む娘の家のすぐ側の川が増水していることも知りました。

     

     夜中に何度もスマホで長岡には被害が出ていないことを確認しながら朝を迎えました。台風の影響で出席される方も少ないと思っていましたが、東京・江戸川区在住のご家族が避難指示に従って実家へ避難して来たと出席されました。ビックリすると共に、控えめに感謝しました。礼拝中に何度も礼拝出席者のスマホからエリアメールの警報音が響きましたが、何とか礼拝は守ることが出来ました。

     

     礼拝を終えて確認すると、何と長岡市内の、しかも教会の近くで洪水の被害が出ていて、全国ニュースで取り上げられていることを知って驚きました。被害に遭った方のことを心配すると共に、無事に礼拝と午後の集会も守ることが出来たことを心から感謝しました。こういうことがあるといつも思うのですが、毎週当たり前のように集会を守ることが出来るのは、決して当たり前ではなく、神様の恵みによる事と実感し感謝しました。

    | - | 19:31 | comments(0) | - | - | - |
    トゲ
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       昨日の夕方、少し休憩をしようと今でくつろいでいました。隣の台所で夕食の準備をしていた家内が、1袋のナスを手に持って私に尋ねました。「このナス、お漬け物にしようと思って買っただけど、皮が固そうだからどうしようか?」私は、それが土曜日の夕方に説教者に聞くこと?と少しも思わずに、即座に「味噌しぎ」と答えました。何しろ、ナスの味噌しぎは、私の大好物だからです。家内は、それを聞いて台所に戻っていきました。

       

       私のリクエストを受けて調理を始めた家内が、すぐに「イタッ」と声を挙げました。見ると、手をギュッと押さえていました。ナスのヘタのトゲが刺さったのです。私のところに来て指を差し出しましたが、何しろ二人とも老眼ですから、小さなトゲが良く見えません。私がメガネを外してやっと見えました。細くて長さは2ミリぐらいでした。取ってあげようとしましたが、トゲに触る度に「イタッ」いうので、後で取ることにしました。

       

       料理をしながら、トゲが当たる度に「アッ」とか「イタッ」と声をあげていました。夕食後、家内は自分でトゲを抜こうとしたようですが出来なかったので私に頼みに来ました。私は、家内から針ととげ抜きを受け取って本格的にチャレンジしました。実は、私はとげ抜きが結構好きで得意なのです。針の先でトゲ付近の皮膚をチョット傷付けて、トゲが皮膚から顔を出すようにしてからとげ抜きで抜くのです。今回も簡単に抜けました。

       

       抜けたトタンに痛みが消えたようで、家内はホッとしていました。使徒パウロは、「肉体に一つのトゲ」が与えられていた、と述べています。少し動く度に「ズキン」と痛んだことでしょう。抜けたらどんなにかホッとすることか、と切望したことでしょう。でも、神様から「そのままで」と言われて「ズキン」とした痛みを抱えて奉仕していたのです。人前に立つのが大の苦手な私は、今日も「ズキン」と痛みを覚えながら奉仕をさせて頂きました。

      | - | 20:10 | comments(0) | - | - | - |
      生ける水
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         今日は、「青年部主催礼拝」でした。私が願う「青年部主催」は、聖書を通してのショートメッセージ(勧話)も含めて全て青年部にお任せする礼拝ですが、青年部の方々からそこまではできない、と断られたのでショートメッセージだけは私が担当して、ほかのプログラムは青年部にお任せしました。司会、会衆賛美の選曲、信仰の体験談、礼拝音楽、締めくくりの感謝の祈り、などは全て青年部の方々が担ってくださいました。

         

         それらのプログラム一つ一つに真剣に取り組んでくださっている姿に、心を打たれた感謝にあふれる礼拝でした。司会者の祈りに込められていた、今の時代に生きている青年たちの実情・・・表面の華やかさとは正反対の言いしれない不安が覆っている実情・・・を改めて覚えさせて頂きました。そのような厳しい現実に生きている彼らにとって、教会が本当に心の奥底から潤いと安らぎを覚える場所でなければ、と教会としての責任を痛感させられました。

         

         実に意義深い「青年部主催礼拝」で、私は一つの例話を紹介しました。それは、45年も前の私のカルチャーショックの経験のことです。アメリカの小さな大学に入学を許された私は、学期の始まる少し前から寮に入りました。その頃、一人の教授の引越の手伝いをしたことがありました。重い荷物を必死に運んで、ホッと一段落した休息の時にその教授から出されたのは、何とコップ一杯の「ただの水」だったのです。

         

         一緒に手伝っていた私の指導教授は、ジュースや清涼飲料水は、飲んでもノドがべたついて良くない。だから汗をかいたあとはコレが一番、と言って私にも勧めてくれました。今の時代に生きる青年たちには、刺激のある飲み物がたくさん目を引くことでしょう。きっと信仰生活で味わう「神様の恵み」は、それらと比べると「ただの水」のように感じるかも知れません。でも、それこそが心の奥底を潤す「生ける水」であることを忘れずに生きて行ってほしいと願います。

         

        | - | 20:05 | comments(0) | - | - | - |
        除雪機試運転
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           今日は、最高気温が22度の予報です。秋の空気が心地良いさわやかな朝でした。ただ、南の海には台風17号がいて、こちらに向かってくるようなので、明日の聖会が守られるように祈っています。郊外を走ると、ススキがたなびいているのが目に付きます。テレビのCMには、鍋料理やスノータイヤが登場し始めました。短い秋の日を楽しみながら、冬の備えに心を向けなければと少々焦っています。

           

           一昨日は良い天気でしたので、家内が植栽の雪囲いのために、春に出来なかった刈り込みをしていました。私は外出から帰って、ついでに除雪機の試運転をすることにしました。昨年の冬は、少雪でしたので余り出番がありませんでした。でも、バッテリーのために何度か慣らし運転をしました。春先からは、出番がないのは当然ですが、やはりバッテリーのために、月に一回は慣らし運転をしていました。

           

           でも、さすがに夏からは車庫に置きっ放しだったので、果たして冬を前にして動くかどうか気になっていたところでした。燃料をONにし、セルモーターは使わずに手動で動かしてみました。驚くことに、一回でエンジンがうなり声を上げました。これで、いつ冬将軍が襲ってきても備えは万全・・・ですが、やはり雪は少なく、除雪機の出番がない方が助かります。そのような複雑な思いを抱きながら除雪機をしまいました。

           

           雪国の住人は、この時期になると冬の心配が始まります。トンボがたくさん飛んでいると大雪になるとか言われていますので、秋の空にトンボが飛んでいるのも複雑な思いで眺めています。子どもの頃に住んでいた三本木では、この時期になると「まさかり」を担いだ人が、各家庭が購入した薪を割って歩いていたものです。冬が本格化するまでのこの時期が一番寒く感じたものです。短い秋を楽しみながら、冬を迎え撃ちたいと覚悟しています。

          | - | 18:08 | comments(0) | - | - | - |
          戦争体験
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             今日は、明日の「敬老の日」にちなんで、敬老祝福礼拝を持ちました。礼拝に最後に、75歳以上の方々に、心ばかりの和菓子の詰め合わせをお贈りし、日頃の励みに敬意を表しました。昨年までは、長岡教会員の中の最高齢は、100歳の母でしたが、今は、今日もご出席くださった97歳の方が最高齢です。その方は、日本最高齢の116歳を目指しておられる(ご家族のお話)とのことですので、まだまた余裕かもしれません。

             

             その礼拝に引き続いて、ギデオン会(男子部会)とルデヤ会(婦人部会)の合同の「敬老祝福例会」がありました。今日はお身体の都合などで出席者は少なく、10数名でした。その中の数名は、第二次世界大戦の経験者でした。その方々に、幼児の時の戦争体験を話して頂きました。大東亜戦争が開戦された日(日本による真珠湾攻撃の日)に生まれたことで、その名前に「東亜」が入っている方が、終戦時に4歳ということで、かすかな思い出を話してくださいました。

             

             家の電灯に黒い布が枯れられて暗い日々を過ごしたことや、夕食時にサイレン(空襲警報)が鳴ったので家族全員で裏の竹林に食べかけの鍋をもって逃げたことが幼い頃の思い出としてあるとのことでした。満州で終戦を迎えた方は、敗戦と同時に自分たちの学校が現地の人に接収され、現地の人の学校となり自分たちは学校に行けなくなっただけでなく、現地の人と日本人との立場がすっかり逆転したとの、不安な心の思い出を話してくださいました。

             

             その他には、降り注ぐ焼夷弾を「花火」のようだと眺めていたことや、遠くの町が爆撃に遭って空が真っ赤に染まっていたことが今も心に残っている、などの話がありました。「戦争」は決して遠い過去ではない、と改めて実感しました。その戦争の日々、厳しい迫害の中で信仰を守るために苦闘した信仰者がいたことも忘れてならないと語り合いました。そして、次の世代の信仰者が同じような暗い時代を通らないように祈る使命が私たちにあることを覚えました。

            | - | 20:34 | comments(0) | - | - | - |